幻石〜5つの石を探す旅〜

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幻石〜5つの石を探す旅〜 第10話

「アフラが泣くの初めて見た。アフラでも泣くんだね」
「う、うるせーぞリエ!!俺が感情のねぇ奴みたいに言うな!!」
「感情はあるよー。だっていっつも怒ってるし」
「あ"ぁ"!?」
「ほーらもう怒ったー」
「あんた達、そこいらでやめときなよー」
妹から挑発されそれに乗る兄は、見ていてなんとも滑稽である。
今日から家族も1人増え、兄妹はさらに賑やかになった。


第10話「全てを失い全てを手に入れた少女」



「そういやお前の名前聞いてないな。俺はアフラ。アフラ・ラウール」
「私はルシャトリエ・ラウール。長いからリエって呼んでね」
「不思議な名前だねえ。あたしは蛇穴(さらぎ)」
「サラギ?」
「お前こそ不思議な名前だな」
フランスから来た2人には馴染みのない名前。
そして和風なこの異世界に住んでいる蛇穴にとっても、2人の名前は馴染みがない。
「さて、そろそろ食料調達でもしようかねえ」
「この世界の食料って何があるんだ?見たところ人気も全然ないし、誰かが農業してるなんて思えないけど……」
「のうぎょう?よく分からないが、甘い実とかかねえ。あとは水辺に行けば魚だって採れる」
「甘い実!?それって果物ってことよね!?やったー!早く取りにこう!もうお腹ペコペコだよー」
空腹だと言うことが感じられない程元気に、ルシャトリエは1人で先に進んでいた。
ご機嫌に、鼻歌まで歌いながら。
「おーいリエ、そっちじゃないらしいぞー置いてくぜー」
「え!?もー!先に言ってよー!!」
「勝手に先に行ってたんだろーが」
「あっはっは!愉快愉快」
ルシャトリエは風船のように口を膨らませている。
こんな平和な日々もすぐに壊されることを知らず、3人は楽しい毎日を過ごしていった。



数日後。
彼女等は水辺にいた。
いつも水辺をキラキラと輝かせていた太陽は隠れ、代わりに灰色の雲が空を覆っていた。
今にも雨が降ってきそうな空模様。
「降り出しそうだねえ……2人とも、用は済んだかい?帰るよ。ここは危険だ」
意味もわからず、2人は言われた通りに蛇穴の後ろについて行った。
その時だった。
ぽつ、ぽつ、と降ってきた雫が、頬や腕を伝う。
「ちっ、もう降ってきたのかい。2人とも早く走んなあ!!妖怪がくるよ!!」
その言葉を聞いた途端、足が早くなる。
先頭はアフラだ。
その後ろに、半分引っ張られながら走っているルシャトリエ。
最後尾に、後ろを確認しながら走る蛇穴。
次に後ろを確認した蛇穴の目に飛び込んできたのは……。
「来たねえ、妖怪。……あんたたちは先に帰んな!!あたしはこいつを足止めしとく!!」
「えっ、でも……」
「いくぞリエ!!もたもたすんじゃねえ!!」
彼女らの何倍もある大きな体、ぬるぬるした皮膚。
そして、ルシャトリエの背丈程ある牙。
雨の時に現れる危険な妖怪だ。
「あたしもここで終わりかねえ……おいあんた、ちっとばかし話を聞いてくれないか?」
返事はただの唸り声だけ。
話せない、考えられない、生きるためだけに狩りをし、やがてその身は朽ちていく。
進化していない、古代のままの妖怪だ。
「無理、か。食べるならあたしを先に食べな。あいつらには触れさせないよ。やっとできた家族なんだからねえ」
妖怪の牙は、蛇穴の頭上に落とされた。



家、と呼べるものはない。
あるのはあちらから持ち込んだルシャトリエのぬいぐるみや、読めなかった手書きの地図、暑いからと脱ぎ捨てたアフラの上着などなど。
家である洞窟に帰ってきた2人は、走り疲れた体を休めていた。
「途中……私、浮いてた……かも」
「お前が……遅いからだろ……あ"あ"疲れたー!!」
息が整うまで少し時間がかかった。
いくら若者と言えども、かなり走ってきていたし、アフラはルシャトリエを浮かせる程手を引いていたのだから仕方ない。
化け物、そして疲労の次に2人を襲ってきたのは、不安だった。
「大丈夫かな、蛇穴さん……」
「あいつは再生すんだろ、死なねえよ。多分」
「そうだよね」
静かな時が流れる。
聞こえるのは、先ほどよりも酷くなった雨の音と、洞窟内に響くバチパチと燃える炎の音。
しかしだんだんと、それとは明らかに違う何かが聞こえ始めた。
小さかったそれは、少しずつ大きくなっていく。
「な、なんだ!?」
地震!?」
ルシャトリエの言う通り、微かに地面が揺れていた。
しかし地面の揺れる音ではない。
「もしかして、さっきの妖怪!?」
「え、うそ、じゃあ蛇穴さんは……!?」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!!それよりも、さっさとここから逃げんぞ!」
火を消して、入口から外を確かめる。
そこに見えたのはいつもと変わらない風景だった。
まだ見える位置にはいないらしい。
「今のうちだ。行くぞリエ!!」
「行くって何処に!?」
「んなもん知るかよ!どっか遠くだ!!」
ルシャトリエの腕を掴み、逃げてきた方とは逆の道をただひたすら走る。
土砂降りの雨は汗を混じえて体中を伝い、濡れて重たくなった髪は風になびかず顔に張り付いている。
聞こえる音は雨音、2人の足音、息、そして少し遠くから聞こえる妖怪の足音。
必死に逃げても距離は縮む一方だ。
「あの妖怪、早いよ!」
「早いんじゃねえ、1歩がでけぇんだ!!」
とうとう妖怪の影で、あたりは真っ暗になってしまった。
振り向いたらもう終わり。
いや、振り向かなくてももう終わり……。
「……リエ」
「なに?」
前を走っているために、ルシャトリエからはアフラの顔は見えない。
そしてアフラはルシャトリエの手を離して叫んだ。
「お前は先に行け!!早く!!!」
実の親もこうやって死んだ。
幼かった2人の弟も、自分のせいで死んだ。
新しく出来た親も、友達も、蛇穴まで……。
周りばかり消えていく。
そして今この瞬間にも。
大きな牙は抵抗を許さず、アフラの脳天を貫いた。
1度に2人も失った悲しみが、絶望が、彼女の力を開花させた。
「もう、誰かが死ぬところは見たくない!!ずっと一緒に居てくれる人はいないの!?なんで私ばっかり生き残るの!?独りぼっちはもう嫌だ……!!」
突然、ルシャトリエの周りに結界が張られ、彼女を襲おうとした妖怪の牙を粉砕した。
次に1つの小さな光が彼女から飛び出した。
「何これ……私、魔法が使えるの?」
『いいや、違うさ。これはあんたの霊力が生み出したものだよ』
『俺らがぶっ潰してやっから、そこで見てな!!』
「誰!?」
『ここよ』
『君の目の前にあるでしょ?』
『君が生んだ、光輝く石が』
脳内に直接響いてくるような感覚。
これはあの光、もとい石から発せられていたらしい。
すると、その石は5つに分裂し、人の形をとった。
1人は女性、翠色の髪の緩い1つ結び、両耳には時計型のチェーンピアス。
1人は青年、質の硬い金髪を耳の横で束ねていて、長い前髪のせいで左目が殆ど隠れている。
1人は女性、黒い2つのおさげと黒い眼鏡、手に持つ本はお札の塊。
1人は少年、灰色の道着に黄色のズボン、灰色の髪には白いハチマキが巻かれている。
1人は少年、黄色の中華服を纏い、水色の髪とピンクの目を持っている。
「蛇穴さん……アフラ、みんな!!」
5人はそれぞれルシャトリエの知る人物の姿であった。
しかしそれは姿だけで、名前や記憶は全て別人。
「あたしらはあんたの知ってる奴らじゃないよ。時節 詩貴、これがあたしの名前さ」
皆名前だけ告げると、妖怪の方へ行ってしまった。
見事瞬殺、5人も居たからだろうか。
こうして彼女の命は守られた。


無事一息つき、一瞬にして起こった出来事を頭の中で整理する。
「蛇穴さんも、アフラも……もういないんだ…………」
ルシャトリエの目には涙が浮かんでいた。
それを詩貴が、蛇穴がアフラにしたように包み込んだ。
ルシャトリエもまた、アフラと同じようにわーわー泣いた。
静かな昼下がり。
雨は既にあがり、太陽は6人を照らしていた。


しばらくして落ち着くと、ルシャトリエが口を開いた。
「ねえ、あなた達は何者?石?それとも人?」
返事をしたのは、アフラによく似た紫色の目をした青年。
「簡単に言っちまえば、俺らはお前が創り出した存在だ。つまりお前の霊力の塊ってとこだな」
「それが石の形を成しているだけ。私達はあなたがくれた力で、どんな姿にもなれるの」
黒髪の女性はさがった眼鏡を上へと上げた。
それと同時に、青年の言葉に一言加える。
石でも人でもない、言うなればルシャトリエの分身である。
「じゃあ、魔法みたいなものは使えたりするの?」
5人は顔を見合わせた後、少し思案した。
つい先程生まれたばかりの彼らには難しい質問だったのかもしれない。
だが、それ程物思いに時間は取られなかった。
「自分が司るものに関する能力なら使えるよ。お姉ちゃんの言う魔法とはちょっと違うかも」
「俺達はそれぞれ時間、空間、知識、意思、感情の5つを司っているんだ。例えば、詩貴は時間を司るから、時を操ることが出来る」
ちびっ子2人の返事。
5人は元は1つということもあり、知識の量には変わりないらしい。
それも、生まれた時から既に自分や他の者たちのことについて知っていた。
名前も既についていた。
なんとも不思議な存在である。
「聞き方を変えるね。私を石に出来る?」
「は?お前何言って……」
「遠まわしに殺せとでも言っているのかい?」
「違うよ!!私は眠りにつくだけ。神様がそう仰ってるの」
聖職者の素質を持っていたルシャトリエは、度々お告げを受けていた。
住んでいた村で戦争が起こることも、たくさんの人が死ぬことも。
畑が台無しになることも、飢餓が訪れることも。
知っていてもなお、防ぐことが出来なかったお告げ。
しかし今回は違う。
「私が石像になってこれからどんどん増える住人を見守る使命をさずかったの。だからお願い。この世界の中心に、私を石にして置いて」
「……ここまで言ってんだ。あたし達の主様の願いを叶えないわけにはいかないねえ?」
「そうだな。後のことは任せろ、この世界は俺らが守るからよ!俺の力で人間も呼んでやらあ」
「じゃあ、中心に行きましょう。きっとすぐそこよ」



歩いて数分。
世界の中心、つまり島の中心へとたどり着いた。
そこには美しい湖があり、地面の底まで見られる程に水も綺麗だ。
「じゃあいくよ。本当にいいの?石にしても」
水色の少年が問う。
しかしそんな心配は無用で、ルシャトリエは躊躇なくいいよと返事をした。
そして5人は、儀式を始める。
輪になってルシャトリエを囲み、彼女の方へ右手を伸ばす。
何も見えないほど眩い光が周辺を覆い、次の瞬間には、ルシャトリエは石像になっていた。
両手を広げて浮かんでいる、不思議な石像。
広げた両手の間には、5つの幻石も一緒に浮いていた。
表情は柔らかく、それはまるで聖母のようでもあった。



これが幻石の歴史。
孤独な少女が生んだ、自分の守り人。
彼女は今日も、この世界の中心で全てを眺めている。