幻石〜5つの石を探す旅〜 第17話
どこかの屋敷の庭で、桃色の髪飾りを付けた黒髪の男性……否、女性とも見て取れる中性的なその人物は、いつもと変わらぬ日々を過ごしていた。
いつも通り手入れされた大層豪華な庭を、いつも通り眺めながら歩く。
しかし今日は1つだけ、いつも通りとはいかない出来事があった。
「……矢文?」
木造の屋敷に綺麗に突き刺さった一本の矢文。
それを引き抜き、括りつけられている紙を解く。
何の変哲もないただの紙切れだ。
中には達筆な文字で、こう書かれていた。
『1週間後に戦を仕掛ける』
「なんだ?悪戯か?」
くだらない、とその紙を捨てようとした時。
ちらっと見えたその2文字に、悪戯ではないと確信を持った。
それは手紙を読んだ人物がよく知る名前であった。
何故なら……。
「これが本当なら……くそっ!!」
それは昔、その名の者が自分の付き人だったからである。
第17話「シフト」
「戦って……なんで!?そんなことしたら城に見つかってるはずじゃないの!?」
「私達の村は、忍が多数住む場所です。隠すことは得意ですから」
3の島の奥の方に存在する隠れた村。
外部から人が行くことは出来ず、何処にあるかは知られていない。
そこに住む忍と呼ばれる者達は、その名の通り、忍ぶことが得意なのだ。
忍の手により、村は存在を隠すことができる。
「いつからですか?」
「半年程前からです」
「半年前ぇ!?」
真騎に回復されながら、淡々と答えていく青年。
話しを聞く限りでは仕掛けてきたのは向こう、3の島の長らしい。
大方回復が終わったのか、青年は起き上がる。
「何故城に助けを求めぬのだ?戦を隠す程の力があるのならば、敵に見つからず伝える事も容易かろう」
「敵が敵だからですよ……私達はこの戦から逃れることなどできないのです」
「なんで?王様にでも言えば速攻裁かれて終わりじゃん?」
「そんな簡単な事ではないんです……元を辿れば、火種を撒いたのは私達の方なのですから」
某所。
そう呼ぶに相応しいこの場所には人気は無く、ただひたすらに時が流れているばかりだ。
その中に建てられた綺麗な木造の家に、桃色の髪飾りを付けた者は居た。
「一番大切な奴から救え、か……」
青年が立つ大広間には、虫一匹さえいない。
否、虫でさえ来ることができないのだ。
矢文に書かれていた2文字の名前は、本人が書いたものに違いない。
何故ならこの名を知るものは、この村にはその家族と国府宮家の者しか居ないから。
虫でさえ入ることができないこの場所に矢文を射ったのは本人だ。
何故なら、その人物ならこの場所に入れるからである。
監視をくぐり抜ける以前に、この村に辿り着く事が出来るのはこの村出身の者のみ。
つまり入れる者は仲間とみなされ、安易に攻撃される事はないのだ。
もちろん、監視されない訳では無い。
「てめぇの大切な奴さえ救えねえのに、言えた口じゃねえな」
そう零した時、近くに突然翡翠の目をした少年が現れた。
何をするでもなくただ突っ立っている青年に、少年は口を開く。
「悠長なこったなぁ。報告だ」
「うるせえよ。で、わざわざ何を言いに来た?通信すればいいだろ」
「直接言った方がいいと思ってな。……桜樹を港へ逃がした」
「青梅達はどうしてる?」
「村の中で今も戦ってる。数十の敵兵に囲まれてな」
「はぁ!?村の警備はどうなってんだ!救援を寄越せ!早くしろ!!」
「言われるまでもねえよ。警備はもう意味ねえからぶち込んだ。けどまだ人員が足りねえ。どっから割く?」
元々人口の少ない村だ。
加えて敵は3の島の長。
兵数の差は目に見えていた。
「蒼泉(あおい)達はどうしてる?部隊ごとやれ」
「そいつは無理な願いだな。あいつらも前線で敵と交戦中だ。しかもかなり強い」
「……損傷はどのくらいだ?」
「青梅達は完全に押し負けてる。主力は1人だが相性が悪い。蒼泉達はなんとか戦えてるが、それでも敵2人に対して4人と回復1人。雑魚はそれ以外がやりあってるってとこだ」
明らかに偏る兵数の差を、こちら側は戦力で補っている。
これも普段から鍛錬を怠らないおかげ。
しかし実戦慣れはしていないため、どうにも事が上手く運ばない。
ましてやリアルタイムで大勢に指示を出すなど、訓練していても難しいだろう。
「俺は難しい事はよく分からねえし、どれが最善策なのかもわからん。だから俺が最前線へ出る。後のことは蒼泉にでも聞け。もっとマシな回答されるだろうよ」
「おいてめえふざけてんのか?冗談抜かしてると殺すぞ」
「冗談言ってるように見えるか?あいつに任せた方が上手くいくって言ってんだよ。少なくとも俺より頭が切れるだろ」
「まあ一理あるな。てめえに任せてちゃあ壊滅しちまいそうだしな」
「そうかよ。だったら行け、俺は最前線へ向かう」
「了解」
それだけ言うと、少年はまた姿を消してしまった。
「さて、いい加減俺も暴れに行くか」
伸びをしながら、青年もその場を去った。
「敵の大将は人質として送り込んだ元仲間ぁ!?」
青年から説明を受け、驚きを隠せないベネジクト。
3の島の長は元々村の者、しかも現将軍の付き人だったらしい。
「ですから、逃げる選択肢など我らには無いのです」
「しかし何故お主はそこまで知っておる?ただの平民ではないのか?」
「私は……国府宮 桜樹(こうのみや おうじゅ)。現将軍である夜桜様は、私の兄上です」
「じゃあ王子様!?そんな格好してんのに!?」
そんな格好、とは、ボロボロになった弓道着のこと。
袴の緑は血の赤と補色になっており、あまり目立たない。
「い、いえ……姫……です」
「えっ、ハチマキまでしといて?」
「人の事は言えぬが、紛らわしい容姿だのう」
すると桜樹、額に巻いたハチマキをするすると解いていく。
「この格好は病弱な私の為に、少しでも夜桜様の方に目がいくようにと計らってのことなのです。ハチマキもそう」
露わになった額には、桜の花弁が刻まれていた。
綺麗な桃色だ。
「この紋様は国府宮の血を受け継ぐ証。隠しておけば狙われる可能性も薄れると……いえ、今はそんなことどうでもよいのです!どうかお力を貸して頂けないでしょうか……?」
「しかし我等はただの旅人だ。大した事は出来ぬぞ」
「夜桜様の所まで私を連れて行ってくださるだけでよいのです!お願いします!」
「関係ないうちらを危険にさらそうっての?それはちょっと調子のってんじゃない?」
「それは……っ!ゴホッゴホッ!」
突然胸部と口を押さえ前に屈む桜樹。
元々の体質のせいで、回復されてもなお身体は弱っているようだ。
「私ではこれ以上の回復はできかねます。早くお医者様に診てもらった方がよろしいかと」
「自分だけ逃げ延びるなど、私には……っ」
「仕方がない。我が背負って行こう」
「本当ですか!?ありがとうございます!この御恩はきっと……!」
桜樹が微笑む。
今にも周りに桜が舞いそうな柔らかい笑顔だ。
対するベネジクトは、その花を全て散らしていきそうな勢いで白姫に言った。
「はあ!?あんた正気!?」
「旅の目的を忘れたか。どのみちここを通過せねば調べることも叶わんのだ。道案内もしてくれるというのならば、乗らぬ手はあるまい」
「そうかもしれないけど!」
「何より我なら気付かれずに向かえる。消えれば良いのだからな」
「ちょっと待って。うちら置いて行こうって訳?一番納得できないんだけど」
いつもの喧嘩とは違う、ピリピリとした空気が流れる。
命がかかっていると言っても過言では無いのだから、当然のことだ。
「お主らも来れば良かろう。我に間接的にでも触れておけば効果は得られる」
「そうじゃなくてーもーー真騎ー!!」
「羽前さん1人で行くのは私も反対です。そうですね、敵から見つかる可能性が高まりますが……」
真騎は桜樹に当てていた杖を白姫に向け、呪文を唱える。
「光魔法、その35」
杖から放たれた黄色い光が白姫を包み込む。
やがてそれは目視出来なくなり、存在を消した。
「自動回復してくれる膜です。偶然出来た魔法なので、効果はあまり期待しないでください」
「十分だ」
「で?うちらはどうすんの?」
「もちろん、このまま旅を続けます」
真騎の嘘偽りのない笑顔に、ベネジクトはただ唖然とするほか出来なかった。
再び舞台は戦場へ。
青年と別れた緑の少年、翠閃(すいせん)は、とある雑木林の木のてっぺんに居た。
「この辺でいいか」
深呼吸。
それに続けて指を組む。
「深草術、百花繚乱!!」
目を閉じ、精神を統一させる。
ゆっくりと、そして確実に、聞こえないはずの戦場の音が耳に伝わってくる。
サージャが行っている通信と同じ物と言えば少し違うが、それに限りなく近いものだ。
忍と呼ばれる者達は、"魔法"ではなく"術"を扱う。
用いるものは両方とも潜在している魔力だが、決定的に違うことが1つだけある。
それは魔法具、いわゆる杖などを使わないこと。
修行によって魔力を高め、己自身の身体で発動するのだ。
「蒼泉、勅命だ。聞け」
『簡潔に頼む』
「夜桜が指揮を放棄した、お前に権限を託してな」
『予想はしていたが、本当に丸投げなさるとは……はぁ、戦況を教えろ』
蒼泉は夜桜直属の忍班のリーダーであり、忍全てをまとめあげる家系の跡取り娘でもある。
その肩書きに恥じぬ頭脳と技能を持ち合わせ、皆の信頼も厚い。
『……なるほどな。夜桜様が最前線へ出向かれたのなら、私達は村の方へ下がる。夜桜様から敵を遠ざけつつ青梅達と合流するぞ。いいな』
「相変わらず指示がはえぇこったな。了解だ」
そう言って、組んでいた指を解き目を開く。
再び深呼吸をし、先程と同じ術を発動する。
今度は戦場にいる味方全員に話しかけているのだ。
「全軍に告ぐ!気付かれぬよう少しずつ後方へ行け!手の空いた奴は青梅部隊の元へ向かうこと!青梅部隊は援軍が来るまで耐えろ!以上!!」
『えぇー私達は耐えろって酷くないですかー!?結構ギリギリなんですけど!?』
「黙って殺り合ってろ。敵はガキ1人同然だろうが」
『状況知ってるくせに!翠閃の鬼!』
「あ゛ぁ゛?そんな舐めた口聞けるようならまだ余裕そうだな?援軍やらねえぞ」
『分かりました!分かりましたよお!!』
指を解く。
伝えるという任務を終えて木のてっぺんから少し降りると、太い枝に腰をかけた。
「動きすぎたな。澄桃(すもも)んとこにでも行くか」
そしてまた、その場から姿を消した。